萩原朔太郎\予室生犀星\室生犀星に
室生犀星に
——十月十八日、某所にて——
ああ遠き室生犀星よ
ちかまにありてもさびしきものを
肉身をこえてしんじつなる我の兄
君はいんらんの賤民貴族
魚と人との私生兒
人間どもの玉座なり
われつねに合掌し
いまも尙きのふの如く日日に十錢の酒代をあたふ
遠きにあればいやさらに
戀着日日になみだを流す
淚を流す東京麻布の午後の高臺
たかぶる怒りをいたはりたまふえらんだの椅子に泣き
もたれ
この遠き天景の魚鳥をこえ
狂氣の如くおん身のうへに愛着す
ああわれ都におとづれて
かくしも痴愚とはなりはてしか
いちねん光る松のうら葉に
うすきみどりのいろ香をどき
涙ながれてはてもなし
ひとみをあげてみわたせば
めぐるみ空に雀なき
犀星のくびとびめぐり
めぐるみ空に雀なき
犀星のくびとびめぐり
淚とどむる由もなき
淚とどむる由もなき。
きみと居るとき
わが世はたのし
きみなきとき わが世はやみの世
そよかぜのふきくる
きみが夢路を
ああ風さへ
星さへかたる きみ戀しやと