萩原朔太郎未发表手记一篇
此頃僕の内部で何かえたいのわからぬ奇異な光が受胎して居る。そいつがだんだんあばれ出す。併しまだ外壁が厚いので容易に外部へはみ出して来ない。それが非常に苦しい。實際、所産前の室息 的苦惱だ。每日わけのわからないことを紙片に書いて居る。いょいょセンチメンタルの涅槃が近づい て來たやぅに思ふ。天地がまぶしくて瞳がくらみさうだ。九月の太陽は密雲に蓋はれて居る。何をみ ても輪光がみえる。これは歡喜だ。實に針のやうな苦痛だ。絕息だ。たまらない。
ゆうべ久しぶりでエレナに逢つた。エレナとは彼女が浸禮聖號だ。二人で月蝕を見て居た。もう僕と彼女との間には戀はない。倂し戀以上の不可思議な愛がある。それは深く考へるときは戦慄すべきも のだ。僕はいそいで別れた。部屋へかへつてからまつさをになつてふるへて居た。