目無し魚
底ひなき井戸の中にも住みなれて
わが目無し魚はよろこべり
時しらぬ暗闇の家にはあれど
凍えたる碧水のそよぐことなければ
今日も時はいちじくの乳としたたり
明日もまたかくて遠き方より步み過ぐらむ
底しらぬ水の中にも
うごめける鱗ひかりて
肌靑く 嘆く 侘しさ
もとより魚は靈感の世界を離れ
ひとり にぶく つめたく
いきものの吐息もかがで住みければ
かつはここらへて死せる心の哀傷を
それともたれか知るべしやは
たまたまこの身を果敢なみて
底なき底をうかがへば
わが目無し魚の鰭もりんりんと
かの不思議なる青き歡喜も
たちまちに、我がよろこびとぞ成りにける。