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萩原朔太郎\慕乡黄昏曲\慕鄕黃昏曲 

慕乡黄昏曲

从那沉寂下来的乡愁催促中
既温柔、又多愁善感地到来
若是没有那海边金雀花渐行渐近的树影
该是何物搅扰这薄明的思绪
此处安家的吉普赛们已渺无影踪
随影而逝之物心底含泪
随声而来之物孤寂无垠
落脚的我从苍白的指间窥视着
从草叶的表里间窥视着
无措地背向我哭泣的落日
逢魔之时何时终止呢 我许踽踽独行度这黄昏
遥遥举目翘首远望
遥想着那飞越海山的燕雀 所去往停驻的方向
是怎样与我相异的人在那彼方栖居
从那不得而知的异国情爱中
既温柔、又多愁善感地到来的泪水绵涟不绝。

* 关于这首诗的标题:写作慕鄕黃昏曲,注音是ノスタルヂヤセレナアド
ノスタルヂヤ:のすたるぢや,Nostalgia,乡愁。
セレナアド:serenaado,小夜曲。
所以是写作慕乡黄昏曲,读作乡愁小夜曲。
* ぢぷしい:吉普赛
* おもて:表に

萩原朔太郎\慕乡黄昏曲\慕鄕黃昏曲 

慕鄕黄昏曲

しめやかなるのすたるぢやのもよほしに
やさしくもさしぐみきたる淚
もとより海近きえにしだの木影ならずば
なにしかはこの薄ら明りをば思ひなやまむ
ところ定めぬぢぶしいの群にはあらで
影の過ぎゆくものはぅら哀しく
おとなひ來るものはなにくれと寂しかり、
たちより我が白き指にすかしみる
すかしる草の葉らおもてに
せんすべなくも落日はそがひ泣き
何時までか黄昏はひとつところを步み居るらむ、
はるばると瞳をあげて遠きを望み
海山こえて燕雀の落ちゆく方を思ひみば
我れにはあらで如何なる人が住みにけむ
ここらへて見知らぬ國の戀ひしさに
やさしくもさしぐみ來る淚はとどめあへずも。

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