萩原朔太郎\慕乡黄昏曲\慕鄕黃昏曲
慕鄕黄昏曲
しめやかなるのすたるぢやのもよほしに
やさしくもさしぐみきたる淚
もとより海近きえにしだの木影ならずば
なにしかはこの薄ら明りをば思ひなやまむ
ところ定めぬぢぶしいの群にはあらで
影の過ぎゆくものはぅら哀しく
おとなひ來るものはなにくれと寂しかり、
たちより我が白き指にすかしみる
すかしる草の葉らおもてに
せんすべなくも落日はそがひ泣き
何時までか黄昏はひとつところを步み居るらむ、
はるばると瞳をあげて遠きを望み
海山こえて燕雀の落ちゆく方を思ひみば
我れにはあらで如何なる人が住みにけむ
ここらへて見知らぬ國の戀ひしさに
やさしくもさしぐみ來る淚はとどめあへずも。