萩原朔太郎\神啊,赐给我休息吧! \主よ。休息をあたへ給へ!
主よ。休息をあたへ給へ!
行く所に用ゐられず、飢ゑた獸のやうに零落して、支那の曠野を漂泊して居た孔子が、或る時河のほとりに立つて言つた。
「行くものはかくの如きか。晝夜をわかたず。」
流れる水の悲しさは、休息が無いといふことである。夜、萬象が沈默し、人も、鳥も、木も、草も、すべてが深い眠りに落ちてる時、ただ獨り醒めて眠らず、夜も尚ほ水は流れて行く。寂しい、物音のない、眞暗な世界の中で、山を越え、谷を越え、無限の荒寥とした曠野を越えて、水はその旅を續けて行く。ああ、だれがその悲哀を知るか! 夜ひとり目醒めた人は、眠りのない枕の下に、水の淙淙といふ響を聽く。――我が心いたく疲れたり。主よ休息をあたへ給へ!